アニメ『クラシカロイド』のことを書くブログ

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『バイロイトの長い坂道 ワーグナー物語』ひのまどか(著) 読みました

 

バイロイトの長い坂道―ワーグナー物語 (1984年)

バイロイトの長い坂道―ワーグナー物語 (1984年)

 

 

今回はひのまどかさんの伝記シリーズより『バイロイトの長い坂道 ワーグナー物語』を紹介します。図書館で借りました。

クラシカロイド』第2シリーズの追加キャラで、少年の設定になっているワーグナー。前世の掘り下げはどこまであるかわかりませんが、一応ざっと人物像を把握しておきたいと考え、手にした本です。ひのまどかさんの著書は好きなので他の音楽家の本も少しずつ読んでいきたいです。

ちなみに第2シリーズのもう一人(一匹?)追加キャラ・ドヴォルザークについて。同じリブリオ出版の音楽家の伝記シリーズにあり、既に読んで感想文をアップしています。シリーズではこちらのみ著者が黒沼ユリ子さん。記事は以下のリンクからどうぞ。

 

nyaon-c.hatenablog.com

 

また、『クラシカロイド』には登場しないものの、ワーグナーと何かと比較されることが多くかつドヴォルザークを支援したことで知られるブラームスについて。こちらも感想文をアップしていますので、よろしければ併せてお読み下さい。記事は以下のリンクからどうぞ。

 

nyaon-c.hatenablog.com

 

例によって内容に触れる部分は念のため畳みました。続きは「続きを読む」からお進み下さい。

 

(以下ネタバレあり)

最初におことわり。私ワーグナーという人物はキライです…。感想文を書く本は3~4回は精読する私ですが、これは一度読み通したので精一杯。ひのまどかさんの著書は好きでも、主役を好きになれないとこんなにも読めないものかと自分で驚いています。そんなテンションで申し訳ありませんが、以下細かく書いていきます。

主に描かれている時期は、最大のパトロンであるルードヴィヒ2世と出会ったワーグナー50歳目前から、旅先で亡くなる70歳目前まで。話の中心はバイロイトで自分達の劇場を作り、大作『ニーベルングの指輪』の初演に至るまでです。またワーグナーの死後に妻コジマがワーグナーの仕事を一手に引き継いでバイロイト音楽祭を育てていったことや、ヒットラーに利用されたことまで、その後のドラマが長いのも特徴です。生まれてから亡くなるまでを本人の目線で語るのがオーソドックスな伝記のスタイルだとするならば、この本は一般的な伝記本とは言えないかもしれません。ワーグナーは少年の頃に出会ったベートーヴェンがきっかけで音楽を志したんだと思うんですが、そのあたりの描写もありませんでした。

ワーグナーという人。まず金遣いが荒い。家具付きで貸してもらった屋敷も、徹底的に自分好みの絢爛豪華な内装に作り替え、自分自身も派手な装いをする。パーティーでのお客様へのお土産もとんでもなく高価なものを用意して、「私の芸術のためにはぜいたくが必要なんだよ」だそう。演奏旅行等でどんなに稼いでも追いつかず、その資金源は主に寄附や借金によるものです。ワーグナーを支援するリストやリストの世話になった若い作曲家達は、ワーグナーに言われるままにお金を出す。ワーグナーはそれらを当然の権利として受け取っています。そんな暮らしも、借金で首が回らなくなれば夜逃げして外国へ高飛びします。私、お金にだらしない男は無理です。そして演説が大好きで、人が集まったら自分の持論を展開する。よくしゃべって虚勢を張る男、私は大嫌い(苦笑)。あとは、女性関係が派手。最初の妻ミンナとは別居中で、人妻との数々の恋愛遍歴を経て、有名なコジマとの出会い。コジマはリストとマリー・ダグー伯爵夫人との間に生まれた娘で、出会った当時はハンス・フォン・ビューローの妻でした。私、てっきりコジマはビューローと別れた後にワーグナーの子を産んだのだと思い込んでいたのですが、違っていました。ビューローがワーグナーの片腕として働いている時期にコジマとワーグナーは深い関係になり、ビューロー夫人としてワーグナーの子を3人も産むんです。もう吐き気がする(スミマセン…)。思えばコジマの両親も不倫関係ですし、なんでこの人達は簡単に禁忌を破るんだろう?ちなみにワーグナーの前妻が亡くなってから、ビューローはコジマとの離婚に同意し、ワーグナーとコジマは結婚します。

天才とはそんなものなのかもしれませんが、ワーグナーは極端に自己中心的で自分がやっていることはすべて正しいと信じて疑っていないからおそれいります。本書では、ワーグナーが手紙や日記に書いた内容は紹介しているもののワーグナー自身の心理描写は少なく、主に周りの人の視点で出来事が語られていて「おや?」と思いました。著者の理解を超える言動が多いのかも。うん、読者の私もわからない。それを凡人と呼ぶのであれば、凡人で結構。

それでも、ワーグナーの信奉者は大勢いました。若きバイエルン国王・ルードヴィヒ2世もその一人。王子の頃からワーグナーの物語にハマっていて、まだ途中までしか書かれていなかった『ニーベルングの指輪』の本を読みすっかり魅了されてしまいます。『ニーベルングの指輪』が楽劇として日の目を見ないことは「全ドイツの損失」と考え、即位するとすぐにワーグナーを支援するように。国の民衆から徴収した税金を惜しげもなくワーグナーにつぎ込みます。もちろん民衆の反発にあうし、臣下もあることないことを吹き込んでワーグナー支援をやめるよう誘導。しかしルードヴィヒ2世はワーグナーに完全に心を奪われていて、生涯支援を続けます。彼がいなければ『ニーベルングの指輪』の完成と上演はなかったかもしれません。夢見がちでメルヘンチックなお城をたくさん建てたりもしたルードヴィヒ2世の最期も描かれており、詳細は書きませんがショックでした。引用「王の罪は、ワーグナーを援助したことでも、国の財政をかたむけさせたことでもなく、現実と想像の世界との区別がつかなかったことにあった」。著者はなかなか辛辣です。

話のキモ。バイロイト音楽祭を成功させるために妻コジマとタッグを組んでひたむきに励む様子は、ドキュメンタリー番組を見ているようで面白かったです。ワーグナーが非凡なのは、音楽家として楽曲を作るにとどまらない才能を発揮したこと。楽劇の台本を自ら書くし(しかもスケール大きいお話)、劇場や舞台装置も設計して実際に作らせちゃうし、演者のオーディションに加えて演技指導も。そもそも「楽劇」というスタイルは今までに無いものですし、各登場人物に特定のメロディをつける「ライトモティーフ」という手法は画期的です。ルードヴィヒ2世の援助だけでは資金は足りないので、演奏旅行をして行く先々でカンパを募る等の金策にも走っています。これが当時アラ還(60歳前後)の人が精力的に動き回っているわけですから恐れ入ります。何年もかけて一つのものを作るプロジェクトにおいて、ワーグナーは強力なカリスマ性でスタッフたちから崇拝され、人を動かしていきます。そして1章まるまる使った『ニーベルングの指輪』の初演。劇中劇を追いながら観客の反応も同時にわかり、例えがあれですが『ガラスの仮面』における舞台の描写を観ているような感じでした。4日かけて上演する『ニーベルングの指輪』、一度本物を観てみたくなりました。

それにしても、ブラームスはブの字も出てきませんでした。音楽界の派閥争いは本人達が与り知らないところで展開されていたので、特に取り上げなくてよいとの判断だったのかも。しかし、ワーグナーのもとを去ってブラームスに走ったハンス・フォン・ビューローは、本当にブラームスのことが好きだったのか?とやや疑問に思いました。ビューローは、ワーグナーバイロイトの劇場を作る際に寄附をしています。ワーグナーの死を知ったビューローの落胆ぶりはすさまじかったとも書かれており、ワーグナーのことはずっと引きずっていたんだなと。コジマの不貞がなければずっとワーグナーのそばにいたのかも。ブラームスの主要作品の初演は必ずタクトを振り、「ドイツの三大B」「ベートーヴェン交響曲第10番」などの名言を残した彼ですが、そうしなければ自分が保てなかった側面もあるのでは。しかしそれがたとえ真に純粋な想いからでなかったとしても、音楽界から逃げずに音楽で勝負したビューロー、あなたは偉かった。寡黙で自分や自分の作品の多くは語らないブラームスが、バッハ、ベートーヴェンと並び称されるようになった功績は大きいと思います。

ここからは本の内容から少し離れます。何度かお話していますが、私の実父はクラシック音楽好きで、実家にはたくさんのレコードと大仰なオーディオ機器があります。もう半年前、春休みに子供達を連れて帰省したとき。息子(父にとっては孫)がドラゴンクエスト組曲好きで、『クラシカロイド』をきっかけにクラシック音楽に興味を持ち始めたことを知った父が、息子に「ワーグナーを聴こう」と言ったんです。いくつか有名どころピックアップ(『ニュルンベルクのマイスタージンガー』とか)してレコードをかけてくれて。「カッコイイね!」と息子は気に入った様子でした。何が言いたいのかというと、「ワーグナーの楽曲は男の子の夢なのかもしれないな」と少しだけ思ったこと。まだRPGゲームやスーパー戦隊のようなコンテンツがない時代に、ワーグナーが描く壮大なストーリーと音楽は多くの人を魅了したのは事実。人間性はちょっとどころかかなりアレなワーグナーではありますが、これだけのものを創り出したわけだから、やはり天才なんだと認めざるを得ない。

また今回、本と併せてワーグナーの曲のCD数枚を借りてきて、家のCDプレーヤーで聴いてみました。なんというか、音がけたたましい(苦笑)。実家でレコードを聴いたときには確かにスケールが大きいと感じたのに!同じ曲とは思えない。大きな劇場で演奏するのを前提としている楽曲なので、奥行きを表現できる良いプレーヤーで聴かないと魅力は半減すると思いました。当たり前ですが、音響を考えて作られた大きなホールでの生演奏ならもっと良さがわかるはず。いつかはバイロイト音楽祭に行って、本物のワーグナーの音楽と物語を生で体感してみたいものです。

最後に自戒を込めて。「ワーグナーのことは嫌いでも、ワーグナーの作品は嫌いにならないでくださいっ!」(やや古)。

また長くなりました。最後までおつきあい頂きありがとうございました。